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広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(ネ)33号 判決 1955年6月20日

控訴人(原告) 中野定一 外一八名

被控訴人(被告) 両備バス株式会社

主文

金員の仮払の請求に関する部分の控訴を棄却する。

原判決中身分の確認請求を却下した部分を取消す。

控訴人等が本案判決確定に至るまで被控訴会社の従業員であることを仮に確認する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人等の連帯負担とし、他の一を被控訴会社の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消し、主文第三項と同旨のほか被控訴会社は控訴人等に対し昭和二十九年九月一日以降本案判決確定に至るまで毎月十日までに原判決添附目録記載の金員の仮払をせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴会社の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記のほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人の陳述

一、(イ)原判決事実摘示中「第二、申請の理由、一」中の、被控訴人と岡山バスとの間に合併の話合が進んだ理由として、岡山バスが数年来の経営不振を打開するためであるとの点は主張しない。

(ロ)被控訴会社の不当労働行為は、右「理由、二」摘示の如く控訴人等が私鉄中国の組合員であるためにする不利益取扱ではなくて、控訴人等が右組合から脱退することを雇用条件にすることであると訂正する。

二、岡山バス株式会社(以下岡山バスと略称する)と被控訴会社との間の営業譲渡は左記(イ)(ロ)の事実からしても実質上会社の合併と異らないのである。即ち、

(イ)  両会社は共に自動車による貨客運輸事業を営み、右譲渡以前から同一人乃至近親者が両会社の主要役員を兼ていた。即ち最近まで被控訴会社代表取締役であつた松田壯三郎は岡山バス代表取締役松田基の父であり、右松田基は被控訴会社の監査役でもあつて、黒瀬左膳と右壯三郎の子たる松田堯とは両会社の取締役を兼併していたこと。

(ロ)  両会社間に最初締結された合併契約とその後に成立した事業譲受渡契約とを比較対照すると、異るのは株式発行および割当、譲渡代金ならびに清算手続存否の点だけであつて、両契約が昭和二十八年十月三十一日現在の貨借対照表および財産目録に基き資産と負債の一切を引継ぎ、同日以降引継完了までこれらの処理に関する約定は全く同一であること。そして一般に近代的企業は客観的な組織と化し、労務者は使用者に雇用されるというよりも寧ろ企業自体に使用される観を呈しているから、企業または営業譲渡の場合にはその中に包含される債権債務関係と共に雇用関係もそれと一体をなして当然包括的に移転するものと解すべきところ、前記の如く本件営業譲渡が実質上合併と異らない以上、控訴人等の雇用関係は当然被控訴会社において承継したものといわねばならない。現に前示事業譲渡契約の履行期日後である昭和二十九年六月二十三日以降岡山バス全従業員は被控訴会社の経営指揮下に入り、その指揮の下に被控訴会社の車輌その他の設備を使用しかつ被控訴会社から支給する賃金を受領していたのである。

三、もつとも本件事業譲受渡契約中には、岡山バスはその従業員を一応解雇すべき旨の約定があるけれども、これは次の理由により無効である。即ち岡山バスと被控訴会社との合併契約が成立した昭和二十八年十一月一日当時被控訴会社の従業員は私鉄中国地方労働組合(以下私鉄中国と略称する)両備バス支部に属していたが、同年十二月七日脱退し、間もなく現在の労働組合を組織して被控訴会社との間にユニオンシヨツプ条項を含む労働協約の締結に関する交渉を始め、昭和二十九年一月中相互に諒解がついたので同月二十四日右事業譲受渡契約がなされたのであつて、右労働協約は同年五月になつて始めて効力を生じたのである。この経緯をたどるとき前示解雇の約定は私鉄中国に所属している控訴人等を被控訴会社が雇用しない意図の下になされたものであつて前段の雇用関係の当然承継の原理に反し控訴人等に対しては効力がない。したがつて岡山バスがこの約定に基き昭和二十九年七月三十一日にした控訴人等の解雇は無効であるから、控訴人等が本件和解協定において岡山バスの解雇を承認したのは、単に形式を整えるためしたことであつて、右承認によつては控訴人等と岡山バスとの間の雇用関係を終了せしめる効果は生じない。

四、右和解協定書第二項本文は控訴人等と被控訴会社間の雇用関係の成立を黒瀬左膳の名簿提出という条件にかからしめ、それ以外の条件は存在しない趣旨であつて、控訴人等が私鉄中国を脱退することを雇用の要件としたものでないことはもちろんである。そもそも営業譲渡に伴つて雇用関係の当然移転すべき本件の場合において、控訴人等が被控訴会社の前記ユニオンシヨツプ協定の為に雇用関係を絶たれる結果を見ることは労働組合法第七条第一号の不当労働行為であり、憲法第二十八条の保障する勤労者の団結権を侵害するものである為、控訴人等は私鉄中国からの脱退を条件とすることの不当なることを強調し、被控訴会社はこれを否定し、この点の妥結をみるにいたらなかつた。そこで右協定では控訴人等の私鉄中国脱退の点に触れることなくこれを避けたのであつて、その結果前示ユニオンシヨツプ協定は控訴人等に影響を有しないこととなつた。それ故第二項但書の「雇用前」とは就労前の意味であり、「個々面接」は現実の就労に当り控訴人等の技術、職歴、個性、希望等諸種の事情を勘案せねばならない必要上行うにすぎないのであつて、個々面接の上採否が決定されるのではない。控訴人等は被控訴会社に試傭として採用になるのであつて、臨時雇や本採用となるのではないから、本採用者に限り適用さるべき被控訴会社とその従業員組合間の労働協約の如きは控訴人等にその適用あるべき道理なく、従つて協定書第五項には殊更労働協約と記載しなかつたのであつて、同項の「その他の諸慣行」の中には労働協約を含む謂われはない。

五、仮に、破控訴人主張の様に和解協定書二項全文が被控訴会社と控訴人等との間に雇用関係が成立するには前示名簿提出の外に個々面接と採用の意思表示とを要する趣旨であるとするも、控訴人等は昭和二十九年九月十日被控訴会社岡山営業所で同会社明石常務取締役、松田取締役、大月労務課長の三名の個々面接を受け、住所、家族、勤務先の希望、職種、通勤の都合等を尋ねられ、その一部の者は翌日の出勤時刻、出勤場所についても指示を受け、かつ同日午後六時頃控訴人池田芳美は右明石常務取締役より電話で控訴人矢野清秀、同矢木照二および外一名は翌十一日午前八時までに被控訴会社岡山営業所に出勤すべく、他の全員は翌十一日午前十時までに被控訴会社本社に出頭すべきよう指示されたのであつて、右個々面接と指示により被控訴会社主張の採用の要件をみたしたものと解すべきであるから、控訴人等は右九月十日被控訴会社の従業員たる身分を取得した。

六、控訴人等の仮採用の期間が二ケ月間であることはこれを認める。

被控訴代理人の陳述。

一、岡山バスと被控訴会社との間には合併が行われたのではなく事業譲受渡契約の名称にも明らかなように営業所譲渡が行われたのである。即ち右契約においては、被控訴会社が岡山バスから昭和二十八年十月三十一日現住所有の営業財産貯蔵物品、車輌、建物、機械工具備品、土地、有価証券を総計金三千九万八千三百三十五円三十一銭で譲受け、岡山バスが中国民生デイーゼル販売株式会社より購入した車輌代金に対する支払手形金合計二千四百三十五万一千四百五十九円および西大寺鉄道株式会社よりの借入金百五十万円の各債務を引受け、又、岡山バスはその従業員を一応解雇し、被控訴会社においてできる限り右従業員を優先雇用すバきことが約定されたのであつて、かように権利の移転および債務の引受が個別的になされ岡山バスと控訴人等間の雇用関係は右譲受渡から除外されたのである。従つて控訴人等は被控訴会社の従業員たる身分を取得したものではなく、岡山バス全従業員が昭和二十九年六月二十三日以降被控訴会社の経営指揮下にはいつたこともない。

二、控訴人等は本件和解協定により岡山バスが昭和二十九年七月三十一日控訴人等を解雇したことを承認し、岡山バスから所定の退職金および一ケ月分の解雇予告手当の支給を受けたから、岡山バスと控訴人等との雇用関係は右七月三十一日限り終了の効果を生じたのであつて、協定書一項は形式的なものではない。

三、本件和解協定により控訴人等が被控訴会社の従業員たる身分を取得するためには、控訴人等が私鉄中国を脱退することと、脱退後あらためて、被控訴会社が採用の意思表示をすることを要することに決まつたのである。従つて黒瀬左膳が被控訴会社に提出すべき名簿に記載されているものは私鉄中国を脱退したものであることを要するのみならず右名簿提出自体によつて控訴人等が当然被控訴会社の従業員たる身分を取得することにはならない。名簿の提出は黒瀬が岡山バス従業員中より被控訴会社に採用さるべき者を選んだことを被控訴会社に通知するに過ぎないか、さもなければ黒瀬が被控訴会社に対し控訴人等の採用方を求める意思表示であるに過ぎないのであつて、名簿提出後に被控訴会社幹部が控訴人等と個々面接をした上被控訴会社が控訴人等に対し採用の意思表示をして、はじめて控訴人等において被控訴会社の従業員たる身分を取得するのである。もつとも採用の意思表示をいつまでにすべきかについてはこれを前掲和解協定書に記載しなかつたが、それは調停成立当時その当事者間で「個々面接を行つて後早急に」という様に諒解されていた事項である。又被控訴会社が控訴人等を臨時雇として採用し二ケ月間の試傭期間の後原則としてこれを本採用者とする予定であつたことは調停当時控訴人等の知悉するところであつて、控訴人等の採用が斯様な性質のものである以上被控訴会社とその従業員組合との間に成立している労働協約は控訴人等に対し当然適用さるべきであるから、前掲和解協定書第五項の「その他の諸慣行」の中には右労働協約が含まれる趣旨であることに調停当事者は異存がなかつたのである。そして、被控訴会社では労働基準法上区別されている臨時雇と試傭とを区別せずにその双方を含めて臨時雇と呼称している。

四、(イ)黒瀬左膳は控訴人等が私鉄中国を遅滞なく脱退することを予期して控訴人等の氏名を名簿に記載しその名簿を被控訴会社に提出したのであるが、控訴人等は昭和二十九年九月十一日に至るも私鉄中国を脱退しない(現在でも然り)ので被控訴会社に提出された名簿には結局私鉄中国を脱退した者でない者の氏名が記載されたこととなり、斯様な名簿は雇用関係成立要件たる名簿の実質を欠いた無効の名簿というべきである。されば黒瀬も控訴人等の調停条項不履行を理由に右九月十一日名簿提出行為を撤回した。

(ロ) 仮に右名簿が雇用関係成立の要件を備えた有効のものだとするも、被控訴会社幹部はその後控訴人等と個々面接したことはなくかつ被控訴会社は控訴人等に対し採用の意思表示をしたことはない。もつとも被控訴会社幹部は昭和二十九年九月十日午後被控訴会社岡山営業所内で控訴人等と面接したが、その際岡山バス会社から従業員新規採用に当り必要とする書類を引継がず、僅に控訴人等の氏名を知る程度の状況であつたので、この面接はこれを雇用関係成立の要件たる個々面接と解すべきではない。又同日午後六時頃被控訴会社明石常務取締役が控訴人池田芳美に対し電話したことはあるが、それは控訴人等をその将来採用した場合の職場にともあれ出頭させて就労の形をとつておこうとしたことであつて雇用関係成立の要件たる採用の意思表示ではない。

以上孰れにせよ被控訴会社と控訴人等との間には雇用関係が成立するものではない。

(疏明省略)

理由

本件争議の経過については、原判決と同一の理由でその疏明があるものと認めるから、その「第一、事実の経過」の部分をここに引用する。

第一、雇用関係の当然承継の有無

控訴人等は岡山バスがその営業を一体として被控訴会社に譲渡し、岡山バスと控訴人等との間に存する雇用関係も当然被控訴会社に移転したのであつて、殊に右営業譲渡はその実質において会社の合併と異らない程度の権利義務移転の緊密性を具有しているから、控訴人等において被控訴会社の従業員たる身分を当然取得した旨主張するけれどもかりに本件営業譲渡につき控訴人主張の如き雇用関係の当然承継の効果が伴うとしても、その効果を当事者の合意により排除することは何等妨げなく、したがつてその解雇も有効である。本件和解協定書第一項によれば「岡山バス組合は岡山バスが行つた解雇を承認し、岡山バスは組合員に対し、所定の退職金及び一ケ月分の解雇予告手当を支給する」とあり、控訴人等が右退職金および解雇予告手当を岡山バスから受取つたことは成立に争のない甲第十八、十九号証により疎明されるから、控訴人等は岡山バスの解雇を承認し、その雇用関係は営業譲渡によつては被控訴会社に当然承継されなかつたものと解するのを相当とする、したがつてこの点に関する控訴人の主張は、他の判断をするまでもなく失当であつて採用できない。

第二、和解協定書第二項による雇用関係の存否

控訴人等は黒瀬左膳が昭和二十九年九月九日被控訴会社に対し控訴人等の氏名を記載した名簿を提出したから、控訴人等は右第二項本文の「両備バス(被控訴会社)は黒瀬左膳より提出される旧岡山バス従業員名簿によりその全員を雇用する」との条項により同日被控訴会社の従業員たる身分を取得した、と主張するのでこの点について判断する。

本件争議の核心は、控訴人等が私鉄中国を脱退するか否かにあつたがこの点についてはにわかに妥結の見込がなかつたのと他面控訴人等を一日も早く就労させて生計の方途をたてさせねばならぬ目前の必要から本件和解協定の成立をみるにいたつたことは前記争議の経過に照らし明らかなところである。したがつて右協定は前記争議の核心には全然触れることなく目前の争議の終了、換言すれば就労第一を当面の課題として解決したにすぎない。このことは乙第十三号証甲第五十号証に明らかなように被控訴会社のユニオンシヨツプ協定は本採用者に限り適用あるところ、右協定書によれば控訴人等が被控訴会社に採用後の身分は本採用でないのであるから(第三項参照)、控訴人等を採用したからといつて右ユニオンシヨツプ違反とはならず、しかも本採用になるまでの期間は大体二ケ月と予定されていた当事者間に争ない事実によつて明らかである。したがつて冷却期間ともいうべき右二ケ月の間に労使双方更に協議して右核心問題を解決すべきことを関係者一同がこれを期待していたことは本件争議の経過と乙第十六号証原審証人周藤二郎の証言によりこれを推測するに難くない。そして右第二項の「名簿提出」は岡山バス従業員のうち不正行為のあつた者を除外する趣旨であることは乙第二十八号証により、また同項但書の「個々面接」は被控訴会社の自主性の維持換言すれば黒瀬の提出した名簿に登載された者を会社が従来の例を破り試験等をせず無条件で採用することは如何にも会社の面目にかかわることなので、会社が採否を決定する鍵を握つていることを示すための形式的なものにすぎないことは原審証人明石磧の証言により一応疎明される。しかも右明石の証言および乙第十九号証によれば前記名簿による採用者には同年九月一日に遡つて給与が支給されることになつていたことが明らかであるから、これら諸般の事情からすれば控訴人等は右名簿の提出により当然仮採用者として被控訴会社の従業員たる身分を取得したものと解するのを相当とする。

しかし、仮採用の期間は前記の如く大体二ケ月と予定されていたのであるから、右期間の満了と同時に控訴人等はその身分を失うたか否につき考えてみるのに、本件和解協定書第三項に「両備バス(被控訴会社)は組合員の本採用になる迄の身分を保障する」とありこれに成立に争のない甲第五十号証、乙第十四号証原審ならびに当審証人藤田晴夫、当審証人大月一郎の証言を綜合すれば、右仮採用は本採用を前提としたものであつて、前記期間の満了によりその身分が当然終了すべきものでなく、従つて被控訴会社において解雇の意思を表示しない限り控訴人等はその身分を失うことはないが、他面被控訴会社において所定の手続をしなければ本採用者としての身分を取得するものではないことが認められるから、控訴人は現在なお仮採用者としての身分を取得しておるにすぎず本採用者となつているものではないと解すべきである。もつとも成立に争のない乙第十九号証によれば被控訴会社は昭和二十九年九月十四日控訴人等に対し就労すべきことを申入れたことを認めることはできるけれども解雇の点について何等触れていない点からすれば、これを以て解雇の意思表示とは解し難く、他にかかる意思表示をしたことの疎明はない。

しからば控訴人等は本件仮処分において右身分に伴う従来の賃金の支払を求めることができるかというに、前記の如く控訴人等は全く就業していないのであるが、それは被控訴会社が一方的に就労を拒否したのではなく、控訴人等もまた自己の主張を固執して就労を肯んじなかつたのであつて、換言すれば当事者双方は本件争議の核心である私鉄中国の脱退問題につき何等の話合をなすことなく和解協定前同様に相互の主張を固執して譲歩しないままに経過したのである。かような場合控訴人等主張の満勤月計算基準内賃金(甲第十三号証参照)の請求権あるものとして仮の地位を与えることのできないことはもちろんであるが、その賃金構成および前記諸般の事情を勘案し、本案訴訟においてその請求権の有無および内容を決定すべきであつて、この点については保全の必要なきものというべきである。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第九十三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 林歓一)

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